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七夕 二千九年

 
 七夕(しちせき、たなばた)は、日本、中国、台湾、ベトナム、大韓民国などにおける節供、節日の一つ。旧暦の7月7日の夜のことである。7日の夕方であることから7日の夕で「七夕」と書いて「たなばた」と発音するようになったともいう。元来、中国での行事であったものが奈良時代に伝わり、元からあった日本の棚機津女(たなばたつめ)の伝説と合わさって生まれた言葉である。
 中国・日本の七夕伝説では織姫星(織女星)として知られている。織姫は天帝の娘で、機織の上手な働き者の娘であった。夏彦星(彦星、牽牛星)もまた働き者であり、天帝は二人の結婚を認めた。めでたく夫婦となったが夫婦生活が楽しく、織姫は機を織らなくなり、夏彦は牛を追わなくなった。このため天帝は怒り、二人を天の川を隔てて引き離したが、年に1度、7月7日だけ天帝は会うことをゆるし、天の川にどこからかやってきたカササギが橋を架けてくれ会うことができた。

b0120022_16114079.jpg元禄古伊万里の沈香壷である。当店に来てからだけでも20年ほどになる。何度かお客さんの家へ嫁いだが、数年もすると戻ってくる、所謂『出戻り』の癖がある壺だ。          「何でこんなに良い壺が売れないかなぁ。」           私がよく思うことの一つだ。まず、黒であるという珍しさ。加えて陽刻であること。「こんな壺は滅多にない」、と私は先代の主人からよく聞かされていた。
 
 2009年、7月6日。
私はいつものように大阪のオークションへ出かけ、その日は下見に時間を使っていた。一番奥の部屋を覘いた時、久しぶりに鳥肌が立った。うちにある黒と全く同じ図柄、しかし全体が白で覆われた沈香壷が座っていたのだ。
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買おう!! 私は心に決め翌日を待った。
当日、いよいよその壺がセリ台に上がってきた。相変わらず私の緊張症は治りそうにない。それでも声を出し、他の業者に余り欲しがってはいないような素振りを見せつつ、値段を上げていく。
「原古美術!」
セリ台から声を告げられ、壺は私の所へ来た。
欲しいものが買えた時のうれしさと言うものは、本当に言葉にしがたいものだ。私はオークションが終わると、逸る気持ちを抑えきれず、タクシーに乗って新大阪へと家路へ向かった。
家に帰り早速並べてみるとこれがまた、壮観である。白黒のコントラストが良く、お互いがお互いを高め合っている。そんな気にさせられる。

日を開けて店に並べると、早速常連さんが覘きにきた。
「なんだいアレ、ペアなの?」
元来、沈香壷はペアであるが白黒は私も見たことがなかったので、少し自慢げに、
「いやーそうなんですよ。」
と笑って見せ、二人で壺を眺めることにした。
しばらくして常連のお客さんが、眺めている最中にこんなことを口にされた。
「しかし何年振りだろうか?二人(二つの壺)の再会は?」
個人的にこの手の会話が私は大好きだ。遠い過去を思い、今あるモノを愉しむ。骨董ならではの醍醐味であろう。
「どうでしょう、100年は経ってるでしょうね。」
私がそんなことを言っていると常連さんが、
「しかし啓君、チョット待てよ。たしかこれ昨日買ったって?」
僕は少し何事かと思いながら首を縦に振ると、
「てことは啓君、まだわかんないの?」
常連さんは少し僕の回転の鈍さがじれったいような感じで、
「七夕だよ、七夕。啓君。織姫と彦星だよ!!」

「あー!!」

なんだかうれしさも倍増するような、まるでその日を二つの壺は待っていたかのような出来事に、興奮が隠せず少し大きな声を出してしまいました。


二つを並べ眺めていると、本当に織姫と彦星がいるようで。
二人はもう買い手が付き、もうじき当店から移っていきます。私はこの二人が本当の織姫と彦星のようにまた離れたりせず、ずっと一緒に入れたらと願っています。
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by harakobijyutu | 2009-07-11 17:03

6.28


  その日は快晴で、梅雨の晴れ間と言うより、夏休みのような日差しの強い日でした。

彼は初対面と言うよりも、久しぶりにお盆で帰郷してきた小父さん、そんな感じであり、

僕は初めての緊張感もそこそこに打ち解けて行き、本当に楽しい、そして又不思議な

時間でした。

 彼の名前は青柳恵介。現在知る人ぞ知る古美術評論家の一人であります。前回の

告知の通り、氏を招いての座談会を開かせていただきました。多くの方々に御来席を

たまわり、おかげで素晴らしい会となり、本当にありがとうございました。

 氏のお話はぽつぽつと始まり、僕はゆっくりと氏の世界へ引き込まれていきました。

氏の本当に極々私的な話から、最後は観と見、狂の挟間へつづくお話しは本当に興味

深く、途中に設けた昼食の席で僕は少々飲みすぎてしまいました。氏は全くいい意味

で力の抜けたひとで、それこそ本当に李朝や唐津、美濃や信楽に育てられたひと、そん

な感じのひとでした。柔らかくて、それでいてどっしりとしていて、確かなモノを腹に持って

いる、そんなひとでした。

 いまの時代、情報やモノが溢れ多種多様な趣味が存在しています。にも関わらず、多く

の人と骨董という言語を通して会話が出来、笑い、刺激し合えたことは本当に感謝しており

ます。

 また、こういった企画が出来ればと考えていますので、その時はまたよろしくお願いします。


この写真はその時のものです。会話の内容?勿論骨董ですよ。
上段の左が青柳氏です。
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by harakobijyutu | 2009-07-08 13:37