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白磁が呼ぶ希望


「こんなこと言うと、普通みんな嘘だと思うんだけど、実は俺面白いものを持ってんだ。」

 北京で知り合った骨董商と二人、夕食を食べていた時だ。急に彼がこんなことを言い出した。

「ナンですか?面白いものって。もちろん骨董ですよね。」
 自分でも馬鹿な応答だと知りなが、酒を飲みつつ答えた。

「あたりまえだよ、骨董だよ。実は隋の白磁を持ってんだ。」
 彼も少し赤い顔をしながら、僕を見てこう続けた。
「白磁っていっても半陶半磁じゃあないぜ、バリバリの磁器だよ。あ、もう信じてないだろ。」
 
 彼が言うには現在、中国でたった一種類だけ隋の白磁器が確認されているらしい。にわかには信じがたい。だって隋だ。唐の白磁だって僕が知ってるのはクリーム色の半陶半磁である。
それより以前の時代に磁器があるはずがない。あったら唐代は磁器を大量に生産していてもおかしくないだろう。

「まあ、今度見せてあげるよ。」
 彼はそういい、僕達はこの夜分かれて家に帰った。

 それから10日ほど、僕は北京を離れ、別の街を旅行していた。そのときも頭の片隅に隋の白磁がべったりとくっついて離れない。いろいろな骨董屋で聞いてみたが誰も知らない。知らないどころか「そんなものは無い」と言われる始末。自分自身あたりまえだと思ってしまう。
 
 北京に帰り、その足で彼の店を訪ね是非見せてもらおうと伺った。
 彼はいつもどうりの感じで
「いいよ、これがそうだよ。」
 と、くだんの隋の白磁を見せてくれた。

 高さ10センチもないほどの湯のみ、というかコップのようなもの。口台もしっかりしていて、べた口台ではない。紛れも無い磁器だ。質感は僕の感じでは、嘉靖白磁をすこし柔らかくしたような感じに思えた。作りも非常に薄く、光にかざすと光を通すほどだ。たしかに美しい、時代も感じる。しかしこれだけでは隋と信じる確証がなければなんとも言いがたいものだ。
 彼はそんな僕を察したのか、一冊の本を出してきた。その中に、同手の写真があり、下に隋時代と書かれている。

 彼が言うにはこうだ。この本は中央が出しているもので、近年、研究されたものがたくさんのっているそうだ。隋の白磁は中でも珍しいもので、自分も一つしか持っていないから誰にも売る気はない、とのこと。この物を知ってる骨董屋は中国でも少ないが、この窯の付近の骨董屋なら結構知ってる人もいるそうだ。

 本を見ながら聞いているうちに、このものが隋なのだろう、という感じがしてきた。

 中国には良い骨董品はほとんどない、今回の旅でそのことをいやと言うほど思い知らされていた僕に、わずかな、しかし確かな光が見えたような気がした。
 中国には、まだ中国人もほとんど知らないようなものが存在する、という事実。そして、少しずつではあるが、それらが研究によりわかってきているという事実。

 僕には、この光を通す隋の白磁が、中国骨董の明るい希望の光まで通しているように感じた。
 

by harakobijyutu | 2007-09-09 22:44